大きなよろこび

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    大きなよろこびということを考える。

    数日、色々な物事に触れてそういうことを思った。
    漠然としか考えられていない、というか、言葉にまとまりきっていない。

    なので今回記事にしてあらわしてみようと思う。

    よろこび。
    色々なものがある。

    考えるきっかけになったのは、毎日を過ごしながら、安易によろこびを満たしてしまうことが自分を変えていないのではという思いからだった。

    とにかく、大きな達成感もなく、安易に手に入るよろこびは、むしろ自分を殺しているのではと思ったのだ。

    私はパフォーマンスをする人間だが、やはりパフォーマンスをすることで得られるよろこびは大きなものだ。
    達成感という意味ではかなり大きく質もいい。

    どこかそれは、ステップというものを意識しているからでもあるだろう。

    自分が、何かの方向に向けて一歩進んだという気持ちが達成感となる。

    もちろん目標を立ててそれを実現化できたという達成感でもある。


    日々過ごしていて、何かすり減っていくような感じをなかば誤魔化すように小さなよろこびを得ることもある。

    しかし、それだけではきっと変化はない。

    「成長が大事」と簡単に言うわけではない。
    あまり私は、大きな意味で「成長」というものを信じているわけでもない。

    人にはそれぞれの道があると思う。

    もし私が「成長」ということを気にするなら、自分の道をちゃんと進めているかということだと思う。

    安易なよろこびは、自分のすり減った気持ちを誤魔化すようなもので、ほとんど前進はない。
    もしあるとしたら、この前進しないということに気付くことぐらいだと思う。

    あとは、日々過ごしていて落ち込まないようにするための必要な解消手段になるということだろう。


    もっと大きなよろこびを信じたほうがいい気がしている。

    もっともっと、世の中は面白いと思う。
    その「面白い」が私に、そして皆様に大きなよろこびを与えると思う。

    私は自らのパフォーマンスで結果として大きなよろこびにつながることを目指している気がする。

    もちろん表現は自分の内にあるものから発していて、自分がやりたいようにやるというのが重要でもあると思う。

    それでも、行き着く先を何か考えてもいるのではないか。

    誰かに作用したい。
    その作用がよろこびであってほしい。

    そして、今までほとんど体験することのなかったよろこびであったら、それは人に何かよい意味での作用となるのではないか。

    そんな風に思う。

    人に影響を与えたいなんて大きなことを言う気はない。

    相互に作用し合って生きている中で、私自身が大きな作用を受けてこた中で私も誰かに作用したいと思う。
    その程度なんだ。

    私自身がもっともっと大きなよろこびを得なければならないと思う。

    それにはまず、大きなよろこびがあることを信じなければならない。

    大きなよろこびは、日常にうまく紛れているがたくさんあるように思える。

    それをすくいあげたい。

    人と人の間で生きながら、私から発している部分は何を周りに与えるか。

    これから、きっと、そういうことを幾分か考えるようになっていくのかもしれない。


    何となく、うまく言えなかったこともやはりあるが、何かが見えてきた気もする。

    夢を与えたいなんて、まだまだ言えない。
    ただ、人と人との間で生きていることをもっと感じ、充実させたいということだ。

    今はもっと発していきたい。

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    Category: 日記

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