12月の直感に対する反省

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    今月引いたタロットについての直感(こちら)を反省してみます。

    直感についての補足、そして今月の個人的な反省を書いていきます。
    もし興味がある方は参考にしてみてください。

    全く無目的で無意味な行動をすることは、私たちにはできないでしょう。

    すべてが意味のある行為という気はありません。

    しかし、ある程度大きな時間で区切ればその行為は意識的にであれ、無意識的にであれ、目的を持ったものとなってしまいているはずです。

    身の回りのものを見てみれば、それは意味で溢れているのですが、その意味が目指す先が私たちと全く無縁ということはありえないはずです。

    私が今向かい合っている机でさえ、このブログを書き、皆様に何かを伝えるという目的に関与しているのです。

    それは私独自の目的ではあるはずですが、意味で溢れる世の中と調和する形で存在します。

    私の方に目を向ければ、小さなところでの目的と繋がった行動が、大きな目的に繋がることもあります。

    ブログを書くという小さなことも、私自身が意識できていないところを含め大きな目的を持っていると思うのです。

    その大きな目的という終点を私は、見据えていくことが必要な時があると思います。

    ただ、それを周りに伝えようとすると、誇張したり謙遜したり、変わってしまう恐れがあります。

    意識した部分での目的を全て思い込み、そのまま無反省に突き進むのにも危険があります。

    だから、その流れを意識して生きていくのが一番いいと感じたのです。
    おそらく。

    意識はしなくても、目的のような大きなものに流されて生きるのは不自由に見えるかもしれません。

    それでも、そこにこそ開放感を感じ、のびのびと生きることができることがあるのです。

    目的もわからない時に、「ほら、今から自由に好きにして」と言われても大したことはできないでしょう。

    その言葉に引きずられかえって不自由になります。

    だから、自らの目的を見据えて、その不自由を感じることで、自らはたとえ不自由でも、周りは自由に見えるほど、のびのびとその不自由の中を生きることができるのです。

    きっと、そういう不自由の中でこそ、自分らしい力を発揮できることは多いのです。


    もしかしたら、事細かに書きすぎたかもしれません。

    直感の文章の持つふくよかな意味を、狭苦しいところに押し込めた気もします。

    ですから、ここで書いた補足は、直感とは別の私なりの解釈だと思ってください。


    さて、今月を少し反省すると、少し前に進もうとしすぎていたように思います。

    マジシャンとして、私は今、跳ね上がろうとしているところに差しかかっている気がしています。

    そんな中での行動が私の終点を含むだろうことは、やはり十分ありうることだと思います。

    今月の私は、少し空回りしていたようにも思います。

    それがよかったこともありますし、悪かったと思うこともあります。

    ただ、痛みはあっても結果的に、面白くて勉強になる経験ではあったのですが。

    少し、嘆きながら歩もうとしてしまったところが、やはりあったんでしょう。

    今は歯がゆい気持ちになることがあります。

    始まらない日を終えるというのは、きっと、内面だけの問題で、まだ外面の問題ではないということに気付いた方がよかったかもしれません。

    今は、着実に歩む力強さを、もっと信じたいと思っています。


    今年ももう終わり。
    頭は来年のことに向かっています。

    明日も記事書けるといいのですが。

    もし書くことができたなら、一年を振り返りたいと思っています。

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    Category: タロット

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