8月の直感に対する反省

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    先月8月のタロットからの直感(こちらの記事です)に対する反省です。

    直感を書いた記事に補足をした後に、個人的な反省を書いてみます。
    皆さんも参考にしてみてください。

    突如あらわれたことに驚き、その結果に怖れることはとてもよくあります。

    生きていて、退屈からか刺激を少しでも求めていたところに、全身を揺るがされるような出来事が訪れると、心よりも先に体が震えるような感じがします。

    そして、その後に、不安を煽るような内外を問わない声が聞こえてきて、我を忘れてしまいそうになることさえあるでしょう。

    きっと怖れていてもいいと思います。
    その声に動揺していてもいいと思います。

    その怖れや動揺に引きずられている自分に、普段からずっと変わらないペースを見出すことが、そんな時は大切です。

    動揺しちゃいけない、怯えても何にもならない。

    そんな考えは新たな動揺を生み出して、のたうち回っているような結果を生みます。

    そんな時は周りを見ず、自分が動揺しているありさまを乗せている器のようなものを見つけてみると、自分がずっと変わらず大丈夫だったことに、せめても一瞬でも気付けると思います。

    全てが通り過ぎたときに、晴れた空を見るように、世界も自分も変わっていなかったことに気付くのがいつものことなんですから。


    色んな面で追い詰められることが多い月でした。

    自ら入り込んだことから課せられた義務のようなものに、焦り続けていたように思います。

    焦りの中には喜びも入っていたと思うのですが、それも焦りの動きと同じような感じでした。

    それは、楽しみに関することもたくさんあって、めまぐるしく思いながら、同時に軸がわからなくなるような感じと言えばいいでしょうか。

    これからの自分を考えるために、これまでと今の自分を考えなおすことも多くて、その中で負い目のように周りを意識することもありました。

    直感にあったように、自分だけが大丈夫なら、周りが大丈夫だと自然に気付けて、負い目などなくそのまま堂々とさらに進めたところもあったのに。

    少し臆していたことがやはりありました。

    前進するときほど、変わらない自分の器のようなものを維持していたいなと、今は思っています。

    これから皆様の前にどんどんと触れ合う機会が増えそうですが、堂々とするための器を忘れないようにしていたいと思います。

    心臓が高鳴るときほど、焦りながらも私らしくいたい。

    そう強く思っています。

    皆さんの8月はいかがだったでしょうか。


    次回は、またタロットを1枚を引いて「9月の直感」を提供しますね。

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    Category: タロット

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