現実と非現実のせめぎ合い(コナン・ドイル「悪魔の足」)

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    今回はシャーロック・ホームズ作品の短編「悪魔の足」を紹介します。

    (ネタバレを含む文章は下の方にありますので、真相を知りたくない方はその手前までをお読みください)

    この短編はシャーロック・ホームズ作品の中でも特に奇妙なものです。

    ホームズ自身、作中で「あれほど奇怪な事件を調査したことがない」と述べています。


    過労によりコーンウォール半島に療養に来ていたホームズに突然持ちかけられた事件は、次のようなものでした。

    食堂でカードゲームに興じ夜を過ごしていた三人兄弟の妹が、真夜中の間に死んでしまったというのです。

    さらに、同室に残っていた兄弟二人も歌を歌ったり、訳の分からない言葉を発したりと発狂してしまったといいます。

    これらの被害者三人に共通するのは、その顔に恐怖が浮かんでいることでした。

    この奇怪な事件の調査にホームズは乗り出します。


    ホームズ作品には、殺人事件以外に依頼人が奇妙な出来事に遭遇するようなものがありますが、被害者が発狂してしまうというのは唯一この短編のみです。

    作中でホームズが現場に向かう際、馬車とすれ違って、その馬車の中から発狂した被害者がにたにたと笑いながら顔を向けるシーンはとても印象深いです。

    この事件はあたかも、被害者が悪魔に狂わされてしまったか、呪術に惑わされてしまったかのようにも思えます。

    それでもホームズは、あくまでも現実的な解決に向かっていきます。

    そこに推理小説としての面白さを感じます。


    例えば、この作品をホラーのように読むこともできると思うのです。

    事件関係者の発狂には解決などないとして、現実から逸れていく語り方もあるでしょう。

    (もしくはSFのような解決さえありえるかもしれません)

    それでも探偵は奇怪な出来事に現実的に立ち向かいます。

    呪術的で悪魔的な奇怪さとあくまでもドライな現実とのせめぎ合いにこの作品の魅力があるように思うのです。

    この作品に限らず、個人的にはこのようなせめぎ合いをもった作品が私は好きです。


    きっと私は現実の中にも非現実が含まれていてほしいし、非現実とはいえ現実が垣間見えることを求めているのです。


    「ホームズさん、わたしたちは悪魔にとりつかれてしまいました! わたしたちの教区は悪魔に魅いられたのです!」牧師は叫んだ。「魔王が、わがもの顔にあるきまわっているのですぞ! わたしたちは、魔王の手につかまってしまったのです!」



    以下、ネタバレを含みます。

    この事件で、被害者を発狂させていたものはアフリカのまじない師が使用するという毒物「悪魔の足の根」によるものでした。

    上で呪術的と書きましたが、実際にそういったところに起源を持つものが使用されていたわけです。

    この毒物の効果を確かめるためにホームズとワトソンがを現場に残った毒物の粉を少量燃やし、煙を吸うシーンがあるのですが、この描写がすごいです。

     待つひまもなかった。いすに腰をおろしたとたんに、濃厚なじゃこうに似ているが、なんとも胸がむかつくようなにおいが鼻をついた。そのにおいをすった瞬間、感じたり、考えたりする力が消えてしまった。眼の前にあつい黒雲が渦をまきはじめた。その黒雲のなかに、やがて姿をあらわし、おののいている私の感覚をめがけて、おそいかかってくるものがひそんでいる。それはとらえどころのない恐怖、宇宙にひそむ巨大で想像を絶する邪悪なもの――と、わたしの心はつげた。
     ぼんやりと見えるそれらは、あつい黒雲のなかでうごめき、渦となった。一つひとつの動きは、心の奥底にすむおそるべきなにかが姿をあらわすぞ、という威しであり警告であった。その影だけでも、わたしの魂は吹きちらされてしまうのだ。こおるような恐怖が、わたしの全身をつつんだ。

    ここでワトスン、もう宇宙的恐怖にでも触れようとしてるんじゃないでしょうか……。

    ラヴクラフトがクトゥルフ神話として描き出そうとした何かに肉薄しているようで、この強烈な描写を読むたびに不思議な気持ちになってきます。

    ちなみにこの「コーンウォールの恐怖」の真相をホームズは公表しなかったようです。

    上で引用した牧師の叫びにもあるように、この事件は周辺の人々を大いに震わせたと思うのですが、真相も与えられることなくしばらく不安な日々を過ごしたのではないでしょうか……。

    ネタバレはここまでです。


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    (1985/04)
    コナン=ドイル

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