私の「魔術」の核となるもの

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    ここ3回ほどタロットについての記事が続いてしまいました。

    今回は趣きを変えて、真夜中にひっそりと、マジシャンであることに対する思いを少し記していきます。

    音のないひっそりとした時間を想像しながら、是非お読みください。

    このブログの最初にご挨拶(→こちら)として書いたこともありますが、私が実演している「魔術」はいくつかのものを組み合わせたものです。

    まずは皆さんも御存知のマジック、そして心理学的な要素を含んだメンタリズム、さらにはタロットを主とした占い。

    これらが私のパフォーマンスの基本的な要素です。

    こういった複数の要素を含むため、私のパフォーマンスは独特のところもあるのかもしれませんが、私自身は自らをマジシャンだと思っています。


    マジックとの付き合いは本当に長くて、小さな頃から始めているので、もう25年以上になります。

    マジックのみを実演している際には、主としてトランプを使ったカードマジックを演じていました。

    私のカードに対する強い興味は、現在もタロットや不思議なトランプなどを使っていたりするところに残っているのかもしれません。
    (不思議なカードについての記事はこちらで以前書いたことがあります)

    トランプという道具は今でも私にとって体の一部のようなところがあります。

    気がついたら手にトランプをもって昔から親しんだマジックを反復している自分に気付くこともあります。

    いや、それ以上にもう毎日の習慣になってしまっています。


    もしかしたら周りの人から見れば、私は色んな側面を含んでいるように見えるのかもしれませんが、私自身の核はマジシャンだと常に思っています。

    それは驚きのような感情を皆様に提供して、不思議を皆様と共有したいという気持ちが核にあるということでもあります。

    こういったマジシャンとしての思い、核となる思いは、今後も強く持ち続けていくものだと思っています。

    そして、そういった核を他の要素が補いながら、さらには私の大好きなものが輪郭のようになって、作り上げられていくものが私の「魔術」だと考えています。

    (ちなみに、このブログでとりあげている様々な作品の感想はその輪郭にあたるものと言えるかもしれません)


    こういったことの内には私の理想が大きく含まれているように思います。

    私が自らのパフォーマンスを「魔術」としても捉えていることには、理想に向けた強い気持ちが含まれていますし、不思議がより現実的な形で実現することへの願いも含まれています。


    今回記したことが、マジシャンとしての私がパフォーマンスの中で込めているものです。

    このパフォーマンスが、皆様の前にどういった「魔術」としてあらわれるのか。
    そしてこのブログでも、果たして「魔術」の一端はあらわされているのか。

    それだけは皆様の心に問いかけるしか術はないのですが。

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    Category: 日記

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