「自由」という呼び声

    | EDIT

    今回は備忘録のような文章になってしまいそうです。

    パフォーマーズ・パーティーに出演し参加した後の余韻を留めておこうと思います。
    あくまで今回は余韻を抽象的な文に封じ込めようという意図です。

    表現をする上で枠を越えたと思う瞬間は幾度もやってくる。

    「今度こそ越え切った」と思い、それが最後と思っていても、その外側にさらに枠があることに気付かされる。

    その気付きを与えてくれるのは、「自由」という名の声かもしれない。

    外側から訪れた「自由」の呼びかけが、自らを揺るがすように作用し、さらなる枠を垣間見させる。


    声と書いたけど、呪い(まじない)のような声や文というものは確実にあると感じさせられることはあって、それは先ほど書いた自らを揺るがすという作用を持っている。

    呪いのような文、呪文はそういうふうにして現代でも機能しているように思う。


    広い意味での私の声が呪文となればいいと思った。

    詩人などの言葉を操る人が発するものは呪文のようで、その場で感染させられてしまう。
    もしくはそれは磁力のような作用だと考えてもいい。

    感染(磁力)を受けた私がまた新たな感染(磁場)を生み出すことができればいいと今ははっきりと思っている。


    「もっと自由でいいのに」という叱咤激励ともいえる言葉が、私に呼びかけている。


    多彩な表現者たちに出会うと本当に刺激になります。
    頭の中で沢山の事柄がぶつかり合って火花を散らしているような感覚をおぼえます。

    関連記事

    Category: 日記

    COMMENT

    POST COMMENT


    TRACKBACK

    TRACKBACK URL

    ↑
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。